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最高裁判所第一小法廷 昭和29年(オ)444号 判決 1957年2月28日

主文

原判決を破棄する。

上告人は被上告人に対し金七一三、六二六円を支払わねばならない。

訴訟費用(求償債権に関して生じたもの)中第二審の費用は上告人の、当審の費用は被上人の各負担とする。

理由

上告理由第一点、第二点及び第四点について。

論旨は、単なる法令違反、事実誤認の主張を出でないものであつていずれも「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる法令の解釈に関する重要な主張を含むものとは認められない。(なお論旨第一点及び第二点所論の原判旨は正当であつて、原判決には所論の訴訟法違反はない。)

上告理由第三点について。

論旨は違憲をいう点もあるが、その実質は単なる訴訟法違反の主張に帰し、前掲昭和二五年法律一三八号第一項所定の上告理由に当らない。

しかし、記録によれば、被上告人(原告・被控訴人)は第一審では国税徴収法二三条の一に基づき、滞納処分として昭和二五年一二月一二日差押えた訴外宮地清蔵の上告人(被告・控訴人)に対する貸金債権につき、右宮地清蔵に代位して金七一三、六二六円の支払を請求し、第一審裁判所もこの貸金債権の存在を認め被上告人勝訴の判決を言渡したのであるが、上告人がこの判決に対し原審に控訴の申立をなしたところ、被上告人はその控訴審で訴の変更をなし、新たに前同様滞納処分として昭和二八年一〇月二九日差押えた判示宮地清蔵が上告人に対して有する求償債権(上告人において訴外株式会社大阪銀行尾道支店に対し負担していた借受金債務につき宮地清蔵がその保証人として上告人のため右訴外銀行に弁済したことにより取得した求償権で、当時の残額七一三、六二六円一九銭の債権)につき宮地清蔵に代位して金七一三、六二六円の支払を求める新訴請求をなし、しかも第一審判決で認容された貸金請求の主張はこれを撤回する旨陳述するに至つた。上告人は右訴の変更に対して異議を述べたのであるが、原審はこの訴の変更を許すべきものとし、新訴につきその求償債権に基づく被上告人の請求を認容すべき旨判示しただけで、直ちに控訴を理由なきものとして棄却する旨の判決をしたのである。

然るに第一審判決が訴訟物として判断の対象としたものは前説示のとおり貸金債権であり、原審の認容した求償債権ではない。この両個の債権はその権利関係の当事者と金額とが同一であるというだけでその発生原因を異にし全然別異の存在たることは多言を要しない。そして本件控訴はいうまでもなく第一審判決に対してなされたものであり、原審の認容した求償債権は控訴審ではじめて主張されたものであつて第一審判決には何等の係りもない。原審が本件訴の変更を許すべきものとし、また求償債権に基づく新訴請求を認容すべしとの見解に到達したからとて、それは実質上初審としてなす裁判に外ならないのであるから第一審判決の当否、従つて本件控訴の理由の有無を解決するものではない。それ故原審は本件控訴を理由なきものとなすべきいわれはなく、単に新請求たる求償債権の存在を確定し「控訴人は被控訴人に対し金七一三、六二六円を支払わなければならない」旨の判決をなすべかりしものなのである。それは一見第一審判決と同旨の主文を徒らに繰り返えすが如き感を与えるかも知れないけれど、実は、法律上重大な意義を有する。けだし控訴を棄却する旨の判決は、民訴三八四条一項の注文上明らかなように第一審判決を相当とし維持さるべきことを宣告するものであり、この判決が確定することによつて第一審判決も確定し、その裁判の内容に従いそれに相応する既判力、執行力、形成力等を生ずるのである。同条二項にいわゆる「判決カ其ノ理由ニ依レハ不当ナル場合ニ於テモ他ノ理由ニ依リテ正当ナルトキ」とは、第一審判決でなされた判断そのものの正当性が判決の理由とするところによつては維持せられないが、他の理由によつて肯定される場合をいうのである。例えば第一審判決が原告主張の貸金債権が弁済により消滅したものとして原告の請求を排斥したものであるとき、控訴審においては弁済の事実は認められないけれど、免除の事実が認められ、結局当該貸金債権の消滅を確定した第一審判決の判断が維持し得るような場合をいうのであつて、本件のように第一審判決と第二審判決とがその判断の対象を異にし偶々その主文の文言が同一に帰するというが如き場合をも包含するものでないことは同条一項の法意に照らし疑なきところである。それ故原審が求償債権に基づく請求(新訴)を認容すべき旨を判示しながら主文で控訴棄却の判示をしたのは、前掲法条の適用を誤り理由齟齬の違法を来たしたものであり、原判決はこの点において破棄を免れず論旨は結局理由がある。

なお貸金債権に基づく請求に関して附言する。原判決は既に説示したとおり主文で控訴を棄却する旨判示しているけれども、それは原審で新たに提起された求償債権に基づく新訴に対する裁判であつて貸金債権を認容した第一審判決の当否、換言すれば本件控訴の理由の有無については実質上何等の裁判もしてはいない。この事は原判文を一読して容易に了解し得るところである。それ故原判決に対する上告申立によつては、該請求は適法に当審に移審せられることはない。然らばこの請求についての訴訟関係如何というに、これを明確にすべき資料は記録上存在しない。従つて次に述べるが如く起り得べき各場合の事情に従い必ずしも単一ではない。すなわち被上告人は原審において前説示の如く訴の変更をしている。元来、請求の原因を変更するというのは、旧訴の繋属中原告が新たな権利関係を訴訟物とする新訴を追加的に併合提起することを指称するのであり、この場合原告はなお旧訴を維持し、新訴と併存的にその審判を求めることがあり、また旧訴の維持し難きことを自認し新訴のみの審判を求めんとすることがある。しかし、この後者の場合においても訴の変更そのものが許さるべきものであるというだけでは、これによつて当然に旧訴の訴訟繋属が消滅するものではない。けだし訴の変更の許否ということは旧訴の繋属中新訴を追加的に提起することが許されるか否かの問題であり、一旦繋属した旧訴の訴訟繋属が消滅するか否かの問題とは係りないところだからである。もし原告がその一方的意思に基づいて旧訴の訴訟繋属を消滅せしめんとするならば、法律の定めるところに従いその取下をなすか、或はその請求の抛棄をしなければならない。訴は原告の任意提起するところであるが、一旦提起した訴の繋属を消滅せしめんとするには、相手方の訴訟上受くべき利益も尊重さるべきであり、原告の意思のみに放任さるべきではない。それ故法律は原告の一方的意思に基づき訴訟繋属の消滅を来たすべき訴の取下、請求の抛棄等に関しては相手方の利益保護を考慮して、これが規定を設けている。すなわち「訴ノ取下ハ相手方カ本案ニ付準備書面ヲ提出シ、準備手続ニ於テ申述ヲ為シ又ハ口頭弁論ヲ為シタル後ニ在リテハ相手方ノ同意ヲ得ルニ非サレハ其ノ効力ヲ生セス」とされ(民訴二三六条二項、なお同条三項以下、並びに二三七条二項等参照)、また請求の抛棄はこれを調書に記載することによりその記載が確定判決と同一の効力を有するものとされているのである(同二〇三条)。されば原告が訴提起の当初から併合されていた請求の一につき既になしたる弁論の結果これを維持し得ないことを自認しこれを撤回せんとするならば、その請求を抛棄するか、または相手方の同意を得て訴の取下をしなければならない。このことは原告が訴の変更をなし、一旦旧訴と新訴につき併存的にその審判を求めた後、旧訴の維持すべからざることを悟つてその訴訟繋属を終了せしめんと欲する場合においてのみも、その趣を異にするものではない。果して然りとすれば原告が交替的に訴の変更をなし、旧訴に替え新訴の審理を求めんとする場合においてもその理を一にするものといわなければならない。何となればただ原告が訴の変更と同時に旧訴の訴訟繋属を消滅せしめんと欲したというだけで、相手方保護の必要を無視して直ちに旧訴の訴訟繋属消滅の効果を認むべきいわれはないからである。

本件についてこれをみるに、被上告人は原審で訴の変更をなすに当り、第一審以来主張して来た貸金債権の請求を撤回し、旧訴に替えて新訴のみの審判を求めんとする意思を有していたことは記録上窺い得るのであるが、旧訴につき果して訴の取下をなしたか、或は請求の抛棄をなしたか、原審はこの点につき何等の釈明もせず、これを明確にすべき証跡はない。もし訴の取下があり、相手方がこれに同意したものとすれば、取下はその効力を生じ、これによつて旧訴の訴訟繋属は消滅し、第一審判決も、これに対する控訴も当然にその効力を失つているのであるから(民訴二三七条)、原審が旧訴に関し何等裁判をしなかつたのは当然というべきである。これに反し、相手方たる上告人の同意を得なかつたとすれば、取下はその効力を生ぜず、旧訴の訴訟繋属は消滅しなかつたものとなさざるを得ない。しかも原審は旧訴に関しては何等判断をしていないのであるから、民訴一九五条一項にいわゆる裁判の脱漏ある場合に該当し、旧訴は依然原審に繋属し、上告人は原審に対しこれが補充判決を求むべきものなのである。上告人は本件訴の変更に対し異議を述べているけれど、この異議は新訴の提起の許すべきでないことを主張するものであつて必ずしも旧訴の取下に対する不同意の意思を表明するものということはできない。殊に既に第一審判決を経た後の控訴審における訴の取下であつたとすれば、民訴二三七条二項の規定により被上告人は同一の訴を提起し得ないこととなるのみならず、その訴訟費用も被上告人の負担に帰せしめられるのであつて、上告人は即時殆んど勝訴の判決を得たと同一の結果を得ることとなるのであるから、上告人において旧訴の取下に対してまで異議をとどめる必要はないものともいい得るのである。原審はこの点についても何等釈明をしていない。

或はまた請求の抛棄があつたかも知れない。しかし、原審でその抛棄が調書に記載された形跡は記録上認められないのであるから、この場合も亦旧訴は依然原審に繋属しているものとなさざるを得ないのであるが、上告人はただ原審に抛棄調書の作成を求め、これによつて確定判決を得たと同一の結果を招来せしめれば、その利益を擁護するに欠くるところはない筈である。

これを要するに当審としては旧訴につき裁判をなすべき限りではない。

本件においては、原審の確定したところに従い直ちに判決をなしうること前説示により明らかであるから、民訴四〇八条一号、九五条、九六条、八九条に従い主文のとおり判決すべきものとする。

この判決は、裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 斉藤悠輔 裁判官 真野毅 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)

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